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待ちかねたぁ…

と言っても歌舞伎ネタではありません。(笑)

 

NHKのドラマ「坂の上の雲」の放送日が着々と近づいてきていますね。(^^)

 

ドラマ化が決まり、例の歴史好き仲間Cさんの強力な薦めもあってやっと読破し、幕末一筋からようやく明治の面白さに気づいた私。(笑)

 

私が読み始めたのはドラマ化発表からだいぶ経ってからでしたが、それから放送までが、まぁ長いこと長いこと。(^^;;

 

しかも3年かけて放送ってあんた…。

 

この焦らしに違わぬ作品になってることを期待して、じっと待ちます、はい。

 

NHKでは夏くらいから5分間の紹介番組をいろいろ流してくれているのですが、先週末は根岸の「子規庵」でした。

 

私が昨年5月にCさんと子規庵を訪れた時の写真がこちら。

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内部は残念ながら撮影不可。

ですが、ドラマのワンシーンを見たら、セットは子規庵そっくりに再現されていました。

これはかなりうれしい。(^^)

 

実際に見てきた場所が多ければ多いほど思い入れも楽しさも倍層ですね。

なので3年の間にさらにいろいろめぐってきたいなぁと思う今日この頃です。

 

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こちらは子規庵近くにある有名な羽二重団子

幕末少し前の文政2年(1819年)創業の老舗です。

 

確か秋山真之が子規を見舞う途中、病状の重い親友の顔を見るのが辛すぎてここに立ち寄る、というくだりがありましたから、ドラマにも出てくるかもしれませんね。

 

店の横には句碑が建っています。

「芋坂も団子も月のゆかりかな」

明治27年(1894年)、27歳の時の句。

 

子規は旧暦の慶応3年9月17日(1867年10月14日)生まれなので、翌年改元された明治と同じで年齢が数えやすい。

 

ちなみに真之は子規の翌年の3月20日(1868年4月12日)生まれ。

1868年は明治元年ですが、旧暦の9/8(=10/23)に改元されたので、真之もギリギリ慶応4年生まれ。

生まれてすぐ明治になり、旧暦が使われなくなったこの当時の人たちって、誕生日はどっちで祝ってたんでしょうね。(素朴な疑問…(笑))

 

この羽二重団子、昔は「藤の木茶屋」という名前で“芋坂”という坂を下ったところにあったそうなのですが、現在付近にその坂は見当たらず。

 

お店の場所は変わっていないので調べてみたところ、芋坂は山の手線鶯谷駅~日暮里駅間の線路建設の折、削られてしまったのだとか。

坂の名残りは線路を超える橋の脇にある標識だけになっていました。

 

この羽二重団子、店内では戊辰戦争の時、敗走する彰義隊士が置いていった刀や槍などを見ることができます。

 

それにしても、もう戦艦三笠シーンの撮影も開始してるのですね。

今年中に(混まない内に(笑))横須賀の三笠には是非行ってみようと思っています。(^^)

(映像見ると、加賀のセットにも行ってみたい…)

 

「坂の上の雲」、203高地あたりから読み直そうかなぁ。

 

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近衛師団司令部

先日、おなじみ歴史仲間の友人Cさんと九段下から御茶ノ水へ、明治の建物めぐりをしてきました。

 

今回のメインは北の丸公園の中にある旧近衛師団司令部庁舎だった東京国立近代美術館の工芸館と、御茶ノ水のニコライ堂

 

半蔵門で待ち合わせ、出口にほど近い滝廉太郎の旧居跡の碑を見てから千鳥ヶ淵へ。

 

そこから、土手沿いに北の丸公園に向かって歩いていくと洋館が見えてきます。

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存在感のある素敵なたたずまいです。

 

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近づいてみると思ったより小さな建物でした。

 

せっかくなので、セピアモードで明治っぽい写真も撮ってみる。

 

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軒下には、帝国陸軍のシンボル「五芒星」が。

 

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雨といにも時代が感じられます。

 

この建物、実は外観とエントランス~階段の吹き抜け部分のみが重要文化財になっていて、内部の両翼部分には残念ながら当時の面影が残っていません。

 

美術館にする時に、もう少し残してくれてたら…。

ちょっと残念。

 

そんな思いを抱きつつ工芸館をあとにした私たちは、北の丸公園を抜け武道館の前を通り昭和館へ。

 

前から気にはなってたので、この機会に入ってみました。

 

戦前から戦後の復興までの日本の様子を当時使われていたいろんな道具の展示や映像で見せてくれます。

懐かしい道具の数々を見て、しばしノスタルジックな気分に。

 

スッキリと分かりやすい展示でした。

空襲中の防空壕を体験できる小屋はなかなかですので、行った際には是非。

 

さて、九段下から2駅電車で移動して小川町へ。

 

そこから聖橋方面へ坂をあがっていくとニコライ堂が見えてきます。

 

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いかにもロシア!って感じ。

ですが、なんとこの建物もジョサイア・コンドルさん(英国人)の設計でした。

(コンドルさんってば、どんだけ活躍してるんでしょう!!(@ @ )

 

聖堂の中は、金色の装飾で飾られたイコン(聖画)がたくさん並ぶブルーの世界。

きれいでしたぁ。(ため息)

イコンを近くで見られなかったのが残念。(礼拝に出ないと無理?)

 

関東大震災で崩壊したドームを復興させたのが現在の建物で、1962年に重要文化財に指定されました。

 

ニコライ堂の名の由来になった聖ニコライさん、なんとお墓が谷中墓地にあるそうです。今度お参りに行ってみよっと。

 

このあと、通りがかりで明治大学博物館にも寄ったのですが、ここも面白かった!

 

石器に始まり、いろんな時代のいろんなコレクションが整然と展示されていて、結構じっくり見て回りました。

お江戸の拷問器具の数々も、複製ながら実物大でなかなかの迫力です。

 

入場無料ですので、皆さんも通りがかりに是非。

 

というわけで、今日の明治建築めぐりもあれこれ大収穫でした。

 

次はどこへ行こうかなー。

 

<sun>

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薩摩藩邸めぐり4

秋晴れが気持ちいいですね。

この秋始まったドラマで一番楽しみに見ているのは、皆さんご想像の通り「JIN~仁」ですよん。内野さん演じる竜馬が、なかなかいい感じですよね~。(^^)

 

私もお江戸に行きたいなぁ、1日だけでいいけど。(笑)

 

 

少し間があいてしまいましたが、お江戸薩摩藩邸めぐりの最終章です。

 

久しぶりなので、今回のコースをもう1度ご紹介。

 

 

たいやきの浪花家さん前の道を南に下ると右手に麻布の善福寺が見えてきます。

 

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お彼岸だったので、あたり一面にお香の香りがしてました。

 

このお寺は、伊豆に上陸していたアメリカ公使ハリスが江戸入りを認められた際、公使館兼宿舎として使われた場所です。

 

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門をくぐってすぐのところに、その碑があります。

 

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「初代米国公使館祉」

その上は、「本邦 駐劉」と見えます。

「本邦」は“我が国”。

で、「駐劉」は“駐留”のことかな?

 

ハリスの通訳だったヒュースケンは、ここに戻る途中で暗殺されてしまったのですよー。(; ;)

 

そして善福寺でもう1つ有名なのがこちら。

 

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樹齢がなんと750年という都内で最大の大イチョウ。

 

天然記念物にも指定されているそうで、別名「逆さイチョウ」

 

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その由来がこれ。

根の部分が地上に盛り上がり、枝が下に伸びています。

 

ただ残念ながら空襲で焼けてしまい、中は黒こげで空洞になっています。

でも、そこから今の姿まで復活したなんてすごいですねぇ。

 

そして、善福寺でもう1つ忘れてはいけないのが…

 

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福沢諭吉先生のお墓です。

 

この日もいろんな方がお参りに来ていました。

 

実はこの福沢先生のお墓、2番目のものなんです。

 

亡くなって最初に埋葬されたのは上大崎で、亡くなって76年経った1977年、このお寺に移すことになりそのお墓を発掘したところ、なんと!

 

福沢先生の体がきれいなミイラになって残っていたんだとか!!

 

当時ちょっとしたニュースだったようです。

偶然、低音で地下水の中に保存されていたのがその理由。

 

その姿のまま保存する、とか、解剖する、とかいろいろ案が出たらしいのですが、ご遺族の強い希望ですぐ荼毘にふされてここに埋葬されたんですって。

 

どこかに記録は残っているのでしょうか…。すごすぎる話です。

 

さてさて、善福寺を出て右へ行くと、先程の道に戻ります。

(日向坂~二の橋を渡った先の道)

 

その坂を上っていきます。

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善福寺横のこの道は仙台坂。

 

名前の由来は善福寺の反対側、現在の韓国大使館あたりに、仙台伊達藩の屋敷があったから。

 

そして仙台坂を上りきった先の下り坂は…

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北条坂。

北条坂の南側が有栖川宮記念公園で、有栖川家の御用地だったところです。

 

公園のあたりは、もともと浅野家の下屋敷があった場所で、明治になってから有栖川家の御用地になりました。

皇女和宮の元いいなずけで、戊辰戦争では大総督だった有栖川宮熾仁親王が晩年をすごす予定でしたが、ここに移る前に亡くなってしまったんだとか。

 

いやぁ~、東京もホントに歴史がいっぱい埋まってますね。

  

その北条坂を下ると外苑西通り。

外苑西通りを渡った先には江戸末期の古地図と同じV字カーブが残っています。

 

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ね?(^^)

よく区画整理されずに残っていたなぁと感動。

古地図の右の方には北条坂の由来となった「北條遠江守」のお屋敷も見えてます。

 

このV字を曲がった先の上り坂が堀田坂で、幕末、幕府の老中だった堀田正睦の佐倉藩屋敷があった場所。

今は、広尾ガーデンヒルズが広がっています。

 

三田からず~っと、このあたりは武家屋敷が並んでいたことが坂の名前見るだけでもよく分かりますね。

 

堀田坂を上りきり、東京女学館横の坂を下った「東四丁目」の五差路を渡ったところにあるのが常陸宮邸。

 

その敷地沿いの坂の上に「常盤松の碑」というのがあります。

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ここがこの日のゴール。

幕末当時、このあたりに薩摩藩の渋谷の下屋敷があって、篤姫もここから江戸城に輿入れしました。

 

かつて敷地内に「常盤松」という樹齢400年の立派な松があったそうで、この碑は薩摩藩士が建てたもの。

これで薩摩の三田藩邸から渋谷の下屋敷までのお江戸散歩は終了!

古地図とほぼ同じルートで歩いてきたので、江戸時代、薩摩の人も同じルートで往復してたはず。

距離にして、たった7キロ、のんびり4時間ほどの道のりですが、ホントに盛りだくさんで楽しかった~♪

 

 

さらにこの日は、常盤松の碑の目の前にある渋谷区郷土博物館に寄って帰ってきました。

渋谷の変遷を写真で見ることができて、ここもノスタルジックにひたるにはオススメです。(^^)

 

今度はどこへ行こうかなー。

 

<sun>

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薩摩藩邸めぐり3

お江戸薩摩藩邸めぐりツアー。

旧伊予松山藩邸跡であるイタリア大使館を過ぎると綱坂という道に突き当たります。

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この白い壁の中が三井倶楽部です。

 

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これも、昨年11月に見に行った旧岩崎邸と同じジョサイア・コンドル氏の設計。

一般公開されていないので、門から1枚。

 

昔、友人の結婚式で1度だけ中に入ったことがあるんですが、その時の記憶があまりないんですよ。 今だったら、隅々まで楽しんでくるのになー。

 

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そして、先ほどの綱坂と交わる三井倶楽部前の坂道は日向坂と言います。

別名、振袖坂。

これは、このあたりに徳山藩毛利日向守の屋敷があったからだとか。

 

幕末の古地図を見ると、ちょうどこの写真の左側あたり、現在のオーストラリア大使館のあたりに日向砂土原藩の島津家屋敷があったのですが、それは単なる偶然???

 

ま、この坂に関しては、あまり由来がはっきりしていないようです。

「ひゅうが」を間違って読んで「ひなた坂」とも呼ばれていたらしいので。

 

その日向坂を下りきると古川が流れており、そこにかかっているのが「二の橋」。

これは、現在の二の橋より少し北側にあった古い橋脚の跡(時代は不明)。

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古川沿いに麻布十番駅方面に歩くとすぐ一の橋があります。

 

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今は、首都高速一の橋ジャンクションの下。

幕末、新選組や見廻組の原型である浪士組を作った清河八郎が、ここで暗殺されました。

暗殺したのは浪士組に参加し、のちに見廻組隊士となった佐々木只三郎ら6名。

 

佐々木は、竜馬暗殺の首謀者説もある人物で、NHK大河の「新選組!」では、伊原剛志さんが演じていたので、「あ~!」と思う人もいるのでは?(^^)

(私の好きな三谷さん脚本の「竜馬におまかせ」では、清河八郎の方を西村雅彦さんが演じてました)

 

ちなみに、一の橋の東隣にある中之橋は、ヒュースケンが暗殺された場所です。

 

さて、この辺でランチタイム。

清河八郎暗殺現場の斜め前にある(笑)お蕎麦の名店、麻布永坂更科本店へ。

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初めて入りました。

 

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私が頼んだのは、通常より白めの「御前蕎麦」 。

値段はお高めですが、コシの強い蕎麦で美味しかったです。

 

一休みして、午後の散策へ。

麻布の商店街を通り、二の橋の方に戻ります。

 

こちらも有名なたいやき屋さん。

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誰も並んでなかったですが、お持ち帰りは40分待ちくらいでした。

(ので、スルー(笑))

 

お江戸の旅、今度は広尾方面に入っていきます。

 

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薩摩藩邸めぐり2

東京三田を出発したお江戸薩摩藩邸めぐりツアー、勝さん、西郷さんの碑の前の信号を渡った日比谷通りの左側がメインの藩邸があった場所。

古地図には「松平修理太夫(=薩摩藩主の官位)」と書かれています。

 

現在はNECのでっかいビルが建っております。

敷地内にも遊歩道があったので、入ってみました。

 

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遊歩道脇にあった煙突のような建造物。

たぶん排気口か何かだと思いますが、薩摩の反射炉を意識してる感アリアリです。

 

NEC敷地内にあるという、もう1つの「薩摩屋敷跡」の碑を探してビルを一周。

駅とは反対側の通りの真ん中あたりにありました。

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この字を書かれた西郷吉之助さんというのは、あの西郷さんの息子、寅太郎さんの三男、つまり西郷さんのお孫さん。

法務大臣経験者で、平成9年に亡くなられています。

 

西郷さんのお孫さんがついこの前までご存命だったと聞くと、幕末はそんなに昔でもないのだなぁと実感。

 

そのお隣のセレスティン・ホテルが、昔の薩摩藩邸の敷地のちょうど真ん中あたりになるそうで、ホテルの裏の道には「芝さつまのみち」という名前がつけられていました。

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この案内板は、現在と当時の地図を重ねて表示してくれていて、藩邸の規模のすごさがよく分ります。

およそ幅800メートル、奥行き300メートルもあったそうです。(@ @

 

余談ですが、この朝、セレスティンホテルの裏では、ジャ○ーズの○田くん主演映画の撮影が行われていました。

撮影スタッフやエキストラの若い女の子たちの片隅で、撮影とはまったく関係のない薩摩藩邸説明ボードをくいいるように見ていた私たち。(笑)

 

セレスティンホテルをあとにし、まだまだ藩邸敷地内だった路地を西へ歩いていくと桜田通りにぶつかります。

おおよそここまでが薩摩藩邸の敷地。歩いてみると広さ実感です。

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桜田通りを渡り、さらに西へ。

 

坂を上っていくと、つきあたりがイタリア大使館。

ここにはかつて、伊予松山藩の藩邸がありました。

1703年、赤穂浪士、大石内蔵助の息子の主税や堀部安兵衛、不破数右衛門、大高源五ら10名が松山藩お預けとなりここで切腹しました。

 

イタリア大使館では、今でも2月4日の命日に歴代大使が供養を行っているそうです。

遠く異国の大使が毎年供養してくれているなんて、なんかちょっと素敵なお話。

 

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イタリア大使館の敷地にあった巨木。

赤穂浪士の当時からあったものかもしれませんね。

 

こうやって歩いてみると、東京の下にも歴史がいっぱい埋まっているのだなぁとしみじみ。

 

お江戸散歩はまだまだ続きます。

 

<sun>

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薩摩藩邸めぐり

連休、いかがでしたか?

特に予定のなかった私。

どこかに行きたいなぁ、でも混んでるところはイヤだなぁ、とあれこれ考えた結果、例の歴史好き仲間と、休日最も人の少ないはずの都内を徒歩で散歩することに!

題して…

 

東京の薩摩藩邸めぐりツアー!

 

三田にあった薩摩の蔵屋敷跡を出発し、広大な敷地だった三田の藩邸跡から、篤姫が将軍に嫁ぐまでいた渋谷の藩邸跡をめざします。

古地図を片手に、できるだけ江戸時代から残る道を通り、タイムスリップ気分を味わいながらのロングお散歩。

 

今回のルートはこちら。 

あれこれ寄り道しながら歩いた距離は約7キロ。

 

途中、江戸で最初のアメリカ公使館として使われ、ハリスやヒュースケンが宿舎としていた善福寺にも寄り、そこに埋葬されている福澤諭吉先生のお墓参り。

 

さらに広尾を経由して、渋谷の薩摩藩邸跡である「常盤松の碑」がゴール。

 

仕上げに碑の向かいにある「渋谷区郷土博物館」を見て、帰ってきました。

(ここがまた面白かった!)

 

お天気もよく、ランチタイムも入れて約5時間。

充実のプチお江戸の旅でした。

 

というわけで、まずは出発地のJR田町駅前から!

 

三田口を出てすぐ左側がかつて薩摩藩の蔵屋敷のあった場所です。

幕末、山手線の線路の外側はすぐ海でした。

 

この蔵屋敷で、勝海舟と西郷隆盛の会談が行われ、江戸城への総攻撃が中止されたと言われています。

 

その記念碑がこちら。

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この字を書いたのは、なんと西郷さん自身でした!(@ @

今回、行くと決めてから調べるまで知らなかった!

 

この碑は、三田口を出て右に50メートルほど行った三菱自動車ビルの前にあります。

思ってたより大きくてビックリ。

 

さてさて、こうして個人的にかなりワクワクな幕末ツアーが始まったのでした。

続きはまた次回。(^^)

 

<sun>

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黒船!

先日、横浜開国博Y150のイベントの1つ、「黒船乗船ツアー」に行ってきました。

 

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幕末に幕府がオランダから購入した「観光丸」をオランダで完全復元した船です。

幕末、この観光丸には竜馬も乗ったはず。(司馬遼太郎さん著:「竜馬がゆく」第4巻に観光丸を手に入れてワクワクな竜馬、が出てきます)

 

しかも、乗船するだけでなく湾内を航行してくれるというのですから、行かないわけにはいきません!(笑)

最高のお天気の中、1時間の航海を楽しんできました。

 

詳しくはまた後日。

 

ちなみに、この観光丸、現在はハウステンボスに行けば、乗ることができます。

長崎で観光丸に乗る。

これって、まさに竜馬が見た風景に近いと思うので、是非長崎でも乗ってみたいと願う今日この頃です。

 

<sun>もう秋の気配?

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坂の上の雲ツアー:九段編1

先日、NHKの「その時 歴史が動いた」の最終回を見ていて、9年前の第一回放送が、日露戦争、日本海海戦の“東郷ターン”だったことを知りました。

その頃まだ幕末一辺倒だった私は完全にスルーしていたのですが… (^^;;

 

「坂の上の雲」にハマった今、見逃して残念!と思っていたのですが、NHKオンデマンドで購入できちゃうんですねー。

便利な世の中になったものです。

おかげで無事、見ることができました。

 

というわけで、少し前になりますが、先月行った「坂の上の雲」ツアー:九段編、のレポートです。

 

2月の上旬に、幕末オタク3シスターズで、九段方面を散策してきました。

市ヶ谷駅に集合し、徒歩5分ほどの三番町にある、東郷平八郎の邸宅跡である“東郷元帥記念公園”へ。

 

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三番町の坂道沿いです。

 

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東郷平八郎は、ここに53年間も住んでいました。

「日本海海戦のあとも、ここに帰ってきたんだねぇ」などと話しながら公園を散策。

 

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東郷邸時代からあったという獅子像。

横に「太郎」と読める名前が彫ってありましたが、作者でしょうか???

 

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早咲きの桜の木と小鳥さん。(鳥にはまったく詳しくないので…(^^;; )

 

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公園にあった昔の地図。

幕末に長州の村田蔵六(大村益次郎)が鳩居堂を開いたのもこのあたりです。

 

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龍馬土産

先日、四国から来てくれた友人が持ってきてくれたお土産。

 

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龍馬三点セット with 虎太郎。(笑)

味もGoodでした~!いつもありがとう。(^^)

 

私、実を言うと、生まれてこの方、まだ四国と九州に足を踏み入れたことがないのです。

今年は四国に行くぞ!(鼻息!)

 

<cloud>

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坂の上の雲

現在の時刻、1月13日午前3時45分。

「坂の上の雲」読了。

 

あと2日くらいかかるかな、と思っていたのですが、気づいたらあっと言う間に読み終えてしまいました。

文庫本で8巻あるこの小説。

これだけの大作をイチから始めて読破したのは久しぶり。

最後の章は、何とも言われぬ気持ちになりました。(つい文語調になってしまふ(笑))

 

あとがき6編と解説はまだこれから読むのですが、その前にこの作品を自分の中にきちんと着地させたくて、しばし間をおくことに。

 

司馬さん作品を読んでいつも思うのですが、あの方が一番描きたかったのは、歴史の流れには常にある種の奇跡が伴っている、ということなのかな、と。

それが、人物であれ、事件であれ、その時代にいるべき人が存在したという奇跡。

その人たちが最も能力を発揮し活躍すべき舞台が用意されていたという奇跡。

そういう奇跡に恵まれなかった人たちのこともたくさん描かれているので、余計にそう思います。

 

運命、天佑、という言葉だけでは言い尽くせない部分を司馬さんに語ってもらうことで、今、現代に生を受けた私たちはどう生きるべきか、ということを考えさせてもらっているような気がします。

ゆえに司馬さんがこの小説をドラマ化するのは無理だ、と固辞し続けていた理由がよくわかる。

でも、読んだ人にとっては、それを映像として見られるのは、多少うれしいことではあるな、とも思ったり。(笑)

だから、ドラマ「坂の上の雲」は、是非原作を読んでから見て欲しいなぁと切実に思います。

 

さらには、この小説、人物別にエピソードをあげてその人を紹介している部分と、各戦闘における戦死者を人数で書いている部分、どちらにも司馬さんの命の重さに対する気持ちが同じように映し出されてるんですよね。

私を含め、多くの人がいわゆる一般人であり、その“人数”で示される中の1人なんだ、と思うと、その数字の中にそれぞれの命のドラマを感じずにはいられない気持ちにさせられるのは、一種の司馬さんマジックなのでしょうか。

 

とにもかくにも、司馬さんファンなのに、どうしても幕末から先の歴史に気持ちがいかずにこの小説を避けて通っていた私が今になって初めて読んだのは、逆にタイミングがよかったかもしれないです。

 

タイミングといえば、ちょうど夕べのネットニュースで、NHKの撮影でも使うために、石川県のテーマパーク内に原寸大代の戦艦三笠を復元する(復元されるのは船首から100メートル分のみ…全長は131.7メートル)、という記事を見ました。

セットが大掛かりなのは、映画「TITANIC」のようですね。(笑)

経営権を持つ大江戸温泉物語の談の、「日本人が近代国家建設に向けて歩み続けてきた時代を感じ、これからの日本を考えるきっかけにしてほしい」というのは、なかなかよいことですが、やっぱり、歴史的背景や当時の日本人の心情を知らずに復元された船を見るだけでは、そうそう分かることではないですよね。

 

記念艦「三笠」が現存し(上甲板部より上は復元)、公開されていることを知っていた私も、この小説を読むまでは、なんとなく「歴史上の貴重な遺産」くらいにしか見ていなかったし…。(^^;;;

読み終えた今では、もう「いつ行けるか!」と楽しみでなりません。

艦橋に立ったら、私の目の前にはあの日の日本海が広がるに違いないです。(笑)

 

ああ、松山にも行きたい…。(できればドラマの放送前に…)

 

<cloudsnowcloudsun>←昨日のお天気 寒い、とにかく寒い!(でも奉天はもっと寒かった(笑))

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